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SMAPのサポートメンバーだったという国分太一の意外な過去

TOKIOの国分太一が実は元SMAPだったという話がありますね。ジャニーズはメンバーの脱退や入れ替わりも珍しいことではありませんが、国分が元SMAPというのは本当なのか検証してみました。

 

国分太一はSMAPだったのか?

SMAPのデビュー当時を振り返ってみるとCDジャケットを見ても中居・木村・稲垣・草彅・香取、そして脱退しレーサーになった森の6人でした。SMAPのデビューは1991年でTOKIOのデビューは1994年ですが、少なくとも国分がSMAPとしてデビューして、TOKIOに移ったわけではありません。こちらがSMAPデビュー時です。

スマップ画像1
ですがSMAPはデビュー前にスケートボーイズとして活動していたJr時代があるんです。

(前略)ユニット結成から歌手デビューまでのあいだに人数編成が繰り返されるのは、ジャニーズではよくあることだ。昨年、CDデビューから四半世紀を迎えたSMAPも、前身グループ・スケートボーイズのころは、およそ20人という大所帯だった。同ユニットは、人気絶頂期の光GENJIのバックダンサーとして結成。テレビ出演の際の年齢制限を考慮して、あえて小学生から高校生という、幅広い層をメンバーにした。そのなかで、「SMAP」としてアイドル雑誌で紹介されたことがあるのは、現在の木村拓哉、中居正広、草なぎ剛、稲垣吾郎、香取慎吾に加え、デビュー前に芸能界を引退した岩佐克次、デビュー後の全盛期にオートレーサーへ転身した森且行。そして、TOKIOの国分太一、V6の坂本昌行だった。
ここからSMAPは1988年、中居と森を2大リーダーにしての歌手デビューが決定。惜しくも漏れたメンバーに、新規組を加えて誕生したのが新ユニット・平家派だった。ここでラストチャンスをつかんだのが、国分と坂本。新規組の城島茂、山口達也とTOKIOを組んだ国分、同じく長野博、井ノ原快彦とV6を組んだ坂本。結果的に、ほぼ同期のSMAPに水をあけられたものの、ギリギリのところで芸能界に残れた。(引用元:リアルライブ)

このようなエピソードがあったんですね。国分太一はスケートボーイズの一員でその中でもSMAPのサポートメンバーとして活躍していたんです。

 

国分太一のSMAP時代

もしかしたら今、国分が中居や木村と肩を並べていたかもしれない?という話もありますが、元々SMAPの主要メンバーではなく、SMAPの他のメンバーが学校などで参加できない時にピンチヒッターとして出ていたのでSMAPになる可能性がないわけじゃないけどそんなに高いものでもなかったのではないかと思います。国分のSMAP時代はこちら!

国分画像2

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今ではお互いにジャニーズをひっぱっていく立場として活躍して、一緒にテレビ番組に出たりすることは少ないですが、同時期に苦労を乗り越えてきた仲間としてSMAPとTOKIOの仲はすごくいいみたいですね。

 

 


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